2006年03月24日

あなたがもし奴隷だったら・・・

昨年度、今年度“命いのちの本”を買って、
揃えた“奴隷問題”関連の本。

あなたがもし.jpg

「あなたがもし奴隷だったら・・・」(あすなろ書房)
を図書室だより「飛行船」で紹介した時の文章からー。

「奴隷」という言葉を知っていますか?
昔アフリカから、大勢の人間が船でアメリカに運ばれました。
くさりにつながれた彼らは“もの”のように棚に並べられ、
立つこともできずトイレに行くこともできず、
死んだ者は海に捨てられました。
アメリカでは市場で“もの”として売られました。
彼らはすべてをうばわれたのです。
財産も名前も国も親も子も。
自由をなくす、ということはそういうことでした。
他人の痛みや怒りが想像できたとき、心に『理解』が生まれる。(本文引用)
自由。それは責任をともなうひとつの約束ごとだ。(本文引用)
想像することの大切さ、そして“自由の重さ”が胸に響く本です。

この本を読む前も、「奴隷」という言葉やその現実を
なんとなくわかったつもりではいた。
しかし、例えば、どうやって彼らはアフリカから運ばれてきたのか、
(もともとアメリカにいたわけではないのだ)といった、
具体的で詳細な事実をこの本で知るにつけ、
「奴隷」がひどくむごい略奪・暴力行為であることに
改めて気づかされた。
自分と同じ生身の人間を、暴力で脅し“もの”として売り買いすることが
できる人間という存在。
その残酷さが自分の内にも潜んでいるのだと思うと、空恐ろしくなる。

この本を展示している時、大勢の子どもが自ら
そのページをめくった。
表紙の鎖につながれた人間の絵に、好奇心をそそられたのだろう。
「奴隷」の知識のない子どもにしてみれば、異様な光景である。
「この人なんで、こんな風にされてるの?」
そう聞かれたので「奴隷」って知ってる?と尋ねると、
「知らない」と答えが返ってくる。
こんな風に無理やりつれてこられたんだよ。
とページをめくって説明する。
子ども達は“もの”になって売り買いされる人間の存在が
なかなかのみ込めないようだった。
非常に優れた本だけれど、学校でどうやって活用すればいいのだろう?
遠い国の遠い過去のお話として片付けるには、
あまりに重い事実なのだけれど・・・。

この本に、逃亡する「奴隷」達とそれを手助けした人達の話が出てくるが、
それが、物語になったのが「秘密の道をぬけて」(あすなろ書房)
nora-takaさんのブログを見て、読んでみたいと思った。
最初小学生には難しいかな、と思ったけど、
読んでみるとページ数もさほど多くないし、
何より物語として面白い。
印象的だったのは、奴隷制を守ろうとした白人達は、
奴隷が読み書きを覚えることを厳しく禁じていた。
読むことは“自由”への扉だったのだ。

「彼の手は語りつぐ」(あすなろ書房)は、
「ありがとうフォルカーせんせい」の著者パトリシア・ポラッコの本。
字が読めない白人少年と、字が読める黒人少年の交流を
南北戦争を舞台に描いている。
こんな風に、人種や肌の色を超えて、魂を通わせることもできるのに。







posted by Helenaヘレナ at 12:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 図書室 本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 本ではないのですが、私の大好きな映画に「ドライビング・ミスデージー」があります。その中に、字が読めない黒人の運転手と主人公のやり取りがあります。あのシーンを思い出すと本当に「字が読める」「本が読める」ということの大切さを感じますね。
 映画のラストシーンで、その黒人の運転手は「孫が大学教授になった。」と嬉しそうに語るんですよ。
Posted by aya@ara at 2006年03月24日 16:54
「ドライビング・ミスデージー」いい映画だと聞いていながら、見逃していました。
aya@araさんのコメントを読んで、また見たいと強く思いました。今度、借りてこよう!
私達は今当たり前のように、本を読んだり、子ども達に本を薦めたりしているわけですが、
「本を読める」ということは、すごく、尊いことなのだなあ、と改めて感じました。
Posted by Helenaヘレナ at 2006年03月27日 10:08
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