2006年04月05日

悪い先生ってどんな先生?

「いい先生ってどんな先生」で、展示した本は以下の通り。

「ありがとうフォルカーせんせい」(岩崎書店)
「てん」(あすなろ書房)
「ピーボディ先生のりんご」(集英社)
「菜の子先生がやってきた!」(福音館書店)
「いつもちこくのおとこのこージョン・パトリック・ノーマンマクヘネシー」(あかね書房)
「マチルダはちいさな大天才」(評論社)
「そらとぶこくばん」(福音館書店)
「ふしぎの時間割」(偕成社)

「そらとぶこくばん」と「ふしぎの時間割」は、先生というより、
学校が出てくる本として選んだ。

実はこのタイトルで以前にも記事をアップしたことがある。
図書室の書棚から“いい先生ってどんな先生”
この時私は、「ありがとうフォルカーせんせい」と「てん」をとりあげて、いい先生とは、子どもの気持ちを理解し、的確な対応をするための高い専門的技術を持った先生だと書いた。
「フォルカーせんせい」も「てん」の先生も、その専門的な知識と技術で
子どもをコンプレックス地獄から救ったのだ。

現実には、こうした素晴らしい先生はなかなかいない。
「〇〇先生はいいよ」とか「あの先生はダメよ」という話を
よく聞くが、その裏づけは実にあいまいで、ダメだ、と言われる先生も
言う人が変われば「いい先生」に簡単に転化してしまう。

本の中の先生ならともかく、現実の「いい先生」の定義は難しい。
しかし「悪い先生」の定義はもう少しシンプルな気がする。
そこで「悪い先生」が登場する本を二冊。

「いつもちこくのおとこのこージョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシー」(ジョン・バーニンガムさく あかね書房)

いつもちこくの.jpg

この本、実は私の大のお気に入り。たぶん、五本指に入ると思う。
なんといっても絵が素晴らしい。
草原や太陽、水や木々が、鮮やかでそれでいて透明感ある
色彩で描かれている。ジョンが歩く道には建物らしいものが一切なく、
不思議な静けさに満ちている。
それに、この長ったらしい名前。
以前読み聞かせをした時、名前の長さだけで、十二分に子どもの興味をひきつけることができた。
そして、見るからに意地悪そうな先生。
ジョンの言葉に全く耳を傾けず、厳罰をもって権力を行使する。

確かに子どもは時々、突拍子もないことを言う。
ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシーのように、
いるはずのないライオンを出現させ、起こるはずのないたかしおに
さらわれてみたりする。
大人は忙しいから「なに、バカ言ってるの」と邪険に追い払ってしまいがちだ。でも、そういった子どもの発言は、大人のつく“ウソ”とは別物なのだ、と私は思う。ある意味で、子どものそれは、大体がれっきとした真実なのだ。
この意地悪な先生は、ジョンの言葉を信じなかったせいで、最後にバツを
受ける。
それは、子どもの言葉に耳を傾けなかった罪であり、
自分は世界をくまなく知っている、と思い込んだ傲慢の罪でもある。
自分が知っている事実と、世界の真実は必ずしもイコールではないのだ、
ということを、私達大人はついつい見落としてしまう。
もしかしたら、子どもの方がはるかに世界の真実を知っているかもしれないのに。
毎日教壇に立ち、何人もの子どもをたった一人で、
指導している先生は、この過ちを犯しやすい存在だと思う。
気をつけて。先生も子ども達も、そして私も・・・。

もう一冊は「マチルダはちいさな大天才」(ロアルド・ダール作 評論社)

マチルダ.jpg

ここに出てくるのは、モンスター校長ミス・トランチブル。
文句のつけようがないほど悪い先生である。
ここまでのワルは今の時代、学校には存在できないだろう。
もちろん、物語を面白くさせるために徹底的な暴君として
描かれているのだが、もしかしたら、一昔前なら、
これに近い先生はいたかもしれない。
私の子ども時代を振り返ってみても、暴力を振るう先生はたくさんいた。
小学校では、何か悪いことをすると、とにかく叩かれた。
その勢いで子どもが吹っ飛んだ、なんてこともざらだった。
中学の時は、柔道の有段者の体育教師が生徒を投げ飛ばして遊んでいた。
でも、それをとがめられてクビになった先生はいなかったし、
親が学校に文句を言いにきた、ということもなかった。

今とはエライ違いだ。
今の学校では子どもの人権がきちんと守られている。
先生もあの頃と比べるとはるかにいい、と思う。
抵抗できない、自分より弱小な者に対する暴力はいかなる場合でも、
卑怯だ。

でも、「親の顔を見てみたい」という子どもだっているし、
「あの親にしてこの子あり」という親だって実際いる。
世間の目が厳しいのをいいことに、我がもの顔で振舞う
子どももいないわけではないだろう。

もしかしたら、ミス・トランチブルのように、
子どもをハンマー投げにしたり、ザ・チョーキーのような
拷問戸棚の中に閉じ込めてしまいたい、とひそかに思っている
先生がいるかもしれない。

誰だって、頭の中では罪を犯している。
ミス・トランチブルを見てスカッとする先生がいても、
いいんじゃないかな・・?




posted by Helenaヘレナ at 13:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 図書室 本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 お久しぶりです。先生シリーズとても楽しく読みました。それにしても、ヘレナさんの学校はすてきな本がたくさんあるのですね。小さい学校とお聞きしているのですが、蔵書は何冊くらいあるのでしょうか・・・?本の数が充実しているのか、それとも良書の占める割合が多いのか、はたまたヘレナ・マジックにかかってすてきな本ばかりに思えるからでしょうか・・・?
 うちの図書室もこどもたちからそう思われる図書室にしたいなぁ。
Posted by 紫陽花 at 2006年04月07日 08:19
紫陽花さん、コメントありがとうございます!
蔵書は大体5千冊ほどでしょうか。
私がここへ来た頃は、予算も少なく、
本もあまり買えませんでしたが、
二年前、市町村合併の折、補正予算が出て、
普段買えないような本も買うことが出来ました。
昨年は、市になったばかりで体制が整っていなかったからか、
ほぼ請求通りの額がおりてビックリしたのですが、
今年度は規模に合わせて市内一律の額になってしまいました。
同じ市内で同規模の小学校でも、格差がすごく、
我が校は恵まれた方かもしれないと思います。
図書のお金は本来国から自治体に一定金額がおりていると聞きました。
それをそのままくれるのか、または別の用途に使ってしまうのか、自治体次第?
やっぱり、新しい本をたくさん揃えてあげたいですよね。
Posted by Helenaヘレナ at 2006年04月07日 08:57
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