2006年05月16日

どんなかんじかなあ?

3年生、詩のクイズの後の読み聞かせはコレにした。

どんなかんじかなあ.jpg 「どんなかんじかなあ」(自由国民社)

1,2年生の課題図書なのだが、
いい本なので、中学年である3年生にも読み聞かせることにした。

見えないってどんな感じか、主人公のひろくんが目をつぶって考えるところでは、
3年生にも一緒に目をつぶってもらった。
「なんか、こっち向くとちょっと明るい黒」「こっちは暗いよ」
「いろんな模様が見えてきた」
そう、じゃあ、音はどうかな?何か聞こえる?
「うん、6年生が家庭科室でギャーギャー騒いでる声が聞こえる」
そう、目をつぶってると、ずっと大きく聞こえるね。

次は耳の聞こえないともだちがどんな感じなのかひろくんと一緒に、耳をふさいでもらった。
普段見えてなかったものが、いろいろ見えてきたでしょ?
例えば、友達のえくぼとか、机の下にころがってる鉛筆とか。

次は、おとうさんとおかあさんが地震で死んじゃった友達はどんな感じかなあ?
「どんな感じだと思う?」と聞くと、
「さみしい」「くらい」という声が。

実はさっき2年生にも読み聞かせたのだが、その時、2年生は
「ごはんが食べられない」「おふろに入れない」という声ばかり。
お父さんとお母さんってそれだけの存在なの?
と思ったものだが、さすがは3年生!
と思ったら、ある男の子が手を挙げて、
「おかし食べ放題!遊び放題!最高」
これには、思わず笑ってしまった。

見えないこと、聞こえないこと、
それは欠落で“障害”なわけだけど、
何かが欠落していることで、もしかしたら、
より豊かな世界が広がることもあるのかもしれない。

そして、動けないこともまた。

「どんなかんじかなあ」と想像しているひろくんが
実は健常者ではなかった、その最後に私達は「えっ」と
思うわけだけど、子ども達には、この主人公の男の子が
動けない子だったということに気づくことが、ちょっと難しかったようだ。

想像すること=相手の身になること、なのだが、
子どもの頃はなかなか難しかったりするものだ。
自分のことで精一杯だから。
まあ、大人も自分のことで精一杯なのは同じだけど。
でも、子どもは本当にわからなかったりするんだけど、
大人の場合、わかってても見てみぬ振りを決め込むことが圧倒的に多い。

そんな大人にはならないでね。






posted by Helenaヘレナ at 16:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 図書室 本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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