2008年07月11日

昨日、今日届いた本

昨日と今日、ネットで頼んでいた本が連続して届いてHappy!

昨日届いた本はこれ。

変愛小説集
岸本 佐知子
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編訳の岸本佐知子さんは、ジャネット・ウィンターソンの
『オレンジだけが果物じゃない』を読んで以来ファンになった。
『気になる部分』などエッセイも出ていて、
読んでいてゲラゲラ声をたてて笑ってしまうくらい面白い。

最初タイトルを『恋愛小説集』と見間違えていた。
でも岸本佐知子さんがそんなに素直なタイトルの本を出すかしら・・?
と思っていたら、やっぱり「変」だった。
『変愛小説集』は、愛にまつわる物語を集めてあるものの、
その愛はどこか変。

例えば『五月』という作品では、愛の対象が人ではなく「木」。
私は恋愛というと、身もだえするほど切なかったり、嫉妬したり
というような「生っぽい」感情がどうしても先にたってしまって、
“木”のイメージとうまく折り合わない気がしたのだが、
読んでいると木に恋した主人公の気持ちがわかってきた。
木ではないけど、私だって前任校の図書室へ行くと昔の恋人に会ったみたいに心乱れる。

でも、主人公が男性なのか女性なのかはっきりせず、
もしかしたら同性愛者?という小説の訳が岸本佐知子さんは
とても上手い、というか合っている、と思う。
私は翻訳小説は、作家より翻訳者で決めることが多い。
みなさんはどうですか?

今日届いた本はこれ。

イカ干しは日向の匂い
武田 花
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ああ、表紙の写真を見せられなくて残念。
私は武田花さんのファンなのだ。
写真集というジャンルはもともと好きなのだが、
武田花さんの本は、写真も文章もそれぞれ素敵な上に、
さらにそれがセットになっているところが、また素敵!!
お母さんの武田百合子さんの文章も好きだけど、
花さんの文章は、こんなにフツウに何気ない文章なのに、
なんでこんなにいい味なんだろう、とため息が出てしまう。


この週末は至福の時を過せそうです。
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2007年11月17日

Librarianの休日―サマセット・モーム

透き通った秋の日差しに、落葉松が金色に輝く一日。
その針のような葉が、凛とした冷気の中を舞い落ちていく
時、カラカラと幽かな音をたてる。

夜になると、木枯らしが吹きすさぶ音が聞こえてきた。

こんな夜は、ストーブの蒔がはぜるかたわらで、

「そうだ、読書しよう!」

早速、今夜のお供をしてくれる本を物色にいった。

しかし、とても「司書をしています」なんて、恥ずかしくて言えないような乱雑な本棚。

今日は、クラシックな香りのする名作を読みたい気分・・・、

『アンナ・カレーニナ』(新潮文庫)これは、上・中・下と揃えたにも関わらず、上巻で挫折した本。
おまけに、家にあるのを忘れて、また買ったので、二冊ずつある。

『カラマーゾフの兄弟』(新潮文庫)これは、買っただけで満足して読んでない・・・。

『嵐が丘』(新潮文庫)これは、気分に合うけど、何度も読んだから・・・。

迷った末、サマセット・モームに決めた。


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2006年05月28日

Happy Birth Day to Me

Happy Birth Day to Me!
誰も言ってくれないので、自分で言ってみた。

本当は、娘が盛大なバースディパーティを
催してくれるはずだったのだ。
ところが、一昨日水ぼうそうと腸かんぼうで
ダウンしてしまった。
「ママのお誕生日までには・・・」と
うわごとのように繰り返していた。
ありがとう。

ケーキもロウソクもないが、本はある。

バースディ

「バースディ・ストーリーズ」(村上春樹 編訳 中央公論社)

今から3年ほど前に自分で買った。
誕生日に買ったわけではない。
でも、3年後の誕生日の今日、なんとなく読みたくなって
引っ張り出してきた。

装丁がいい。
この表紙を見ているだけで、祝福されている気がする。

中には、村上春樹さんが訳した誕生日をめぐる11の物語が収められている。
小学校に勤務する前、私は大人の小説しか読まなかった。
どちらかというと日本の作家が書いたものより、
外国の作家の翻訳ものが好きだった。
ここに収められている、イーサン・ケイニンとか、ポール・セローとか
レイモンド・カーヴァーの作品もよく読んだ。
訳者としては、村上春樹さんより、柴田元幸さんの方が好きだったけれど。

訳者のあとがきにも書かれているが、
誕生日をめぐる物語といってもハッピーな話はほとんどない。
そこに書かれているのは、やりきれないような孤独や、ほろ苦い思い出、
また、なぜ誕生日にわざわざこんな悲惨な出来事に見舞われなければ
ならないのだろう、と思うような話すらある。

子どもの頃は、誕生日が成長を確認する日であり、
希望に満ちた未来とともに皆に祝われるのに対し、
大人のそれは、「また年をとってしまった」確認でしかなく、
思い通りにならないことの多い人生を、また今後も
続けていかなければならない、という苦い思いにとらわれるから
だろうか。

11の物語の中で私が、一番印象的だったのは
ラッセル・バンクスの「ムーア人」である。
50代の男性である“私”は、雪のふるしきるある夜、行きつけの
レストラン・バーに仲間と一杯やりに入る。
客は他に、今日が80歳の誕生日という老女と、それを祝っている家族だけ。
“私”は、その老女に見覚えがあるのだが、誰なのかわからない。
閉店になり、帰ろうとする“私”をその老女が引き止める。
そして“私”はすべてを鮮やかに思い出す。
その老女が、20代の頃の情事の相手だったことに。

まだ世間を知らない20歳そこそこの青年と、
酸いも甘いもしりつくした世慣れた50歳の女性の情事。
そこに果たして“愛”と呼べるような思いがあったかすら疑問だが、
30年後に再会した二人は、優しい嘘と昔が蘇るようなキスと抱擁を交わす。
老女を家に送り届け、降りしきる雪の中、車を運転しながら
“私”は泣き出すのを懸命にこらえる。

人生の晩年を迎えた二人の再会。
でも後に残るのは苦さではなく、
心も身体もほんのりとした暖かさに包まれるような優しさだった。
人生まだまだ捨てたものじゃない。
良き日々と同じくらい悪い日々を重ねて、
いつか私もこんな優しい再会に恵まれたいー
そんな祈りをこめてこの物語を私の誕生日に贈ろうと思う。

Happy Birth Day to Me!





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2006年05月13日

ゴフスタイン「ふたりの雪だるま」

「読書で遊ぼうアニアシオン」(柏書房)
の訳者である、青柳啓子さんが主催されている「大人のための絵本サロン」に行ってきた。

内容は、大人のための絵本のアニマシオン。
会場は、青柳さんがオーナーをされているステキなイタリアンレストラン
「読書で遊ぼうアニマシオン」の共訳者である佐藤美智代さんが、
私のブログを見てくださり、こういった会があるので、
と紹介してくださったのだ。

フレディさんと娘を伴い、緊張と期待で胸を膨らませながら、出かけた。

テキストは、M・B・ゴフスタイン作 谷川俊太郎訳
「ふたりの雪だるま」(すえもりブックス)

雪だるま

事前に、図書館で本を借り読んでみた。
驚いたのが、本の内容がとてもシンプルだったこと。
パステル画を思わせる素朴で上品な絵の下に、文章が2、3行。
ページ数も少ないので、サラリと読めてしまう。
ひねりも仕掛けも落ちも、なさそうに見える。
アニマシオンにする本にしては素直すぎるのでは?

その疑問に佐藤さんが答えてくださった。
「ヘレナさんがおっしゃったアニマシオンは、
本当に初歩的なものでね、実際はもっと奥が深いんです」

佐藤さんは、ヨーロッパの石造りの建築物を例に挙げて、
日本でのアニマシオンが、インスタントな、
単なるゲーム性を伴った一手法として捉えられ、
一過性のブームで終わってしまうことを危惧されているようだった。

さて、おいしいピザを食べながら、青柳さんの落ち着いた声の朗読を聞く。
読み終えた後、青柳さんから、

「本の中で、あなたの思い出とつながる部分はどこですか?
本の中のこの一行ってのでもいいし、もっと大きな部分でもいいです。
また具体的な事実でもいいし、抽象的につかんだことでもかまいません。
例えば[私はデザートが食べられなかった]という一節から、私にもそんな思い出があったという、単純なことでいいんですよ」という声かけが。


私が一番印象に残ったのは、雪だるまを作った兄妹のお母さんのセリフ。

“そんなことにぐずぐず言ってると
これから生きていくのが大変よ。”

雪が降ったのがうれしくて、雪だるまを作った姉弟だったけど、
その雪だるまが一人で、夜、雪の中に立っているのが悲しくて、
姉である“私”は、夕食のデザートが食べられなかったのだ。

幼い頃の自分も含め、子どもというものは大人から見ると、
つまらないささいな事が気にかかるものである。
そして、自分も含め、世の母親というのは、
そんな子どもを見るとつい言ってしまうのだ。
「なに、つまらないことをくよくよ言ってるの。
あなたの人生には、これからもっと無理難題がふりかかってくる、
というのに・・・」

子どもの気持ちも母親の気持ちもわかって、私はおかしいような
悲しいような。でも、その時、父親が子ども達の気持ちに
寄り添って、もうひとつ雪だるまを作ろうと外に出て行った。
それで、私の気持ちも救われた。

他の方の感想は、様々。
幼い頃の雪の思い出を語る方もいれば、
“大事なのは 新しい雪の上を転がすこと、そうしないと泥や小枝が
くっついちゃうよ”(本文引用)
という“私”のセリフに自分の雪だるまつくりの経験を重ねられた方、
また、ひとりぼっちの雪だるまを見て悲しくなった“私”の
“雪だるま作らなければよかった”というセリフに言及された方。
顔のない絵に、人種や時代を超えた家族の物語としての普遍性を
見事言い当てられた方。

でも、私が印象に残ったのは、同じ学校司書の方の感想。
その方は、ご自分の厳しいお父上のことを話され、
こんな風に遊んでもらったことはなかった。
主人公の“私”が、お父さんには、ごみや落ち葉をくっつけるな、
とは言えなかった、ように、自分もお父さんのすることに意見する
ことなどできなかった、とおっしゃった。

この話を聞いた時、物語の中の、率先して二つ目の雪だるま作りに
とりかかってくれた優しい父親が、本当は、子どもと遊ぶことなど
全く無い厳しい父親だったのではないか、という想像が湧き上がった。
だからこそ、“私”は、ごみや落ち葉をくっつけるな、とは言えなかったし、
突然の父親の行動は、子ども達を感動させ、物語にまで発展したのではないか、と。

普段、これほど真剣に他人の感想を聞いたことがなかった。
集まった皆で本を読み、その感想に耳を傾けることで、
一人で読んだときは、あっさりとした何と言うことも無い、と思っていた
本が、とても深みのあるしみじみとした物語に変わっていった。

これぞ、佐藤さんがおっしゃた、
様々な異質なものがくっついて、響きあうことで、
予想できない面白いものが生まれる、というアニマシオンの効果なのだろうか。

う〜ん、みごとにはまってしまった。くやしいくらいだ。

ちなみに、おちゃめな佐藤さん(スミマセン)、
私を見てこういわれた。
「ブログ拝見してると、もっとコワイ感じの方かと思ってた」

いえいえ、気が弱くて、小心ものなんです。
それを隣で聞いていた、フレディさんと娘はもちろん、
「うんうん」と相槌を打っていました。本当に!



 
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2006年01月08日

アンソニーブラウンのキング・コング

「アンソニー・ブラウンのキングコング」を買った。
今上映中の映画の監督、ピーター・ジャクソンにインスピレーションを
与えたといわれている本だ。

「亡き父を思いながら
私自身と原作のコングに捧げる」(本から引用)

訳者あとがきによると、
アンソニーブラウンは、彼が17歳の時に急逝した
お父さんのイメージをゴリラに重ねているらしい。
そうか、それで「すきですゴリラ」に登場するゴリラは、
お父さんのコートと帽子を被っているのだな。
主人公の女の子のお父さんはいつも忙しい。
彼女は無類のゴリラ好きだが、本当に求めているのは、
お父さんなのかもしれない。
そして、アンソニー・ブラウンも。
とても素晴らしいお父さんだったのだろうな。
男の子と父親の関係って難しい、とも聞くけど、
こういう親子関係を築けるって、すごい。

絵本というより、アートブックという感じ。
ホッパーやウォーホールなどのアメリカンアートを思わせる。
挿絵が映画のシーンと重なる部分がかなりある。
アンソニー・ブラウンならではの遊び心もたっぷりで、
時折開いては、絵の細部を見て楽しむ、というのもいいかもしれない。

胸をドラミングして、咆哮するコングもいいけど、
私は、ちょっと困ったような戸惑いの表情を浮かべるコングが好きです。
ちなみに私の父は似てませんが・・・。

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2006年01月03日

2006年は「くらのかみ」から

2006年もあっというまに、3日目になってしまった。
1日目は、おせちとお雑煮を食べて、初詣に行った。
2日目は、友達の家で、酒好き6人が集う新年会をした。
招待してくれた女主人カリンさんが酒の席で、
このブログのことを宣伝してくれた。
「ふだんは、何やってるかイマイチわからないじゃない。
得たいがしれないっていうか。
でもブログを観ると、いろんなことやってるんだよね。
授業もしてるし。子どもも全然そんなこと言わないから、知らなかったよ」
ブログをはじめたきっかけのひとつが、
“図書室の先生がどんな仕事をしているのかわかってもらうこと”
だったので、成果があったという証拠なのだろう。
特に、保護者の方々には広くアピールしたい。
しかし、図書室の先生というのはやはり得体の知れない
存在なのだろうなあ。
ありがとう、カリンさん、にごり酒おいしかったわ。
今度学年連絡網で、URL回してね!

前置きが長くなってしまったが、そういうわけで、
毎日あっというまに一日が終わってしまう。
このままでは、気がつくと2006年の年末になってしまいかねない。
今年の目標は、本を読もう
なんだか読書週間の標語のようで、情けないのだが、
この司書の基本を怠りがちな私。
今年はさっそく、読ませていただきましたよ。

「くらのかみ」(小野不由美 作 講談社)

最初箱入りのこの装丁を見た時、ホラーかな?と思った。
ホラーは苦手なのだ。夜トイレに行けなくなってしまう。
でも、ミステリーと書いてあるし、村上勉さんの挿絵が、
「こわくないから、早く読みにおいで」と言っているようだったので。
山間のひなびた田舎町、その町の有力者である本家、代々語り継がれた呪いの伝説、
後継者を決める親族会議、蔵座敷、表屋敷、底なし沼に地蔵供養。
まるで横溝正史の世界だ。

物語に出てくる四人ゲーム(死人ゲーム)とういうのが、またコワイ。
真っ暗な部屋の四隅に四人が立ち、ひとりずつ、壁伝いに歩いて行く。
「隅にたどりつくと、そこに座っている人の肩を叩く。
肩を叩かれたふたり目は、同じように壁づたいに歩いて三人目の隅にいる
三番目の人物の肩を叩く。肩を叩かれた人が次の隅に向かって・・」(本文より引用)
そうやってたどり着いた隅にいる人間の肩を順番にたたきながら、
ぐるぐる回るゲームなのだが、しかし、現実に四人ではこのゲームは成立しない。
四番目に歩いた人物がたどりついた一番目の隅には、
誰もいないハズなのだ。一番目の人物は、すでに二番目の場所へ移動した後なのだから。
なのに、誰もいないはずのその場所に誰かがいた。
気がつくと、子どもがひとり増えている。
それも、みんな見知っている顔ばかり・・・。

いかにもコワイ導入だが、その後、不思議と怖さも忘れ、
夢中で読み進めることができたのは、
主人公の子ども達も、また事件に巻き込まれたその親たちも、
平凡ではあるが邪気のない善人ばかりであり、
事件自体も、むごい結末には至っていない。
その割りに、細部のからくりがよくできていて飽きさせない。
事件を解決しようとした子ども達が、ナゾに迫りながらも、
同時にそのナゾを複雑にしている、という展開がうまい、と思った。
字が大きくルビも振ってあるので、高学年のミステリー好きにはいいかもしれない。
親族が多く、ちょっとややこしく思えるが、系図や家の間取りが書いてあったりと、
わかりやすく工夫してある。
それに、全部理解できなくても十分という気もする。
私もややこしい部分は、わからないままにして読んでいった。

小野不由美作品は「十二国記」が有名だが、読んだことがない。
中学校の図書室には置いてあるようだが、小学生にも読めるだろうか。
今年は小野不由美作品に注目してみようかな。


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2005年08月24日

図書室の書棚から テーマ“みにくいっていけないことなの?”

さて“世にもみにくい”この二人、
どちらが一層醜いと思いますか?

ひとりぼっちのかいぶつjpg.JPG シュレックjpg.JPG


「ひとりぼっちのかいぶつといしのうさぎ」(クリス・ウォーメル作・絵)徳間書店

この怪物は、「せかいでいちばん、みにくい かいぶつだった。」
動物達は逃げていくし、
花や草はあまりのみにくさに枯れてしまう。
空は曇り、池の水はかれてしまうほど。
かいぶつはさみしくて、石の動物をつくった。
でもその石もこなごなにくだけてしまった。
ただひとつ、石のうさぎをのぞいて。
怪物はじっと動かない石のうさぎと友達になる。
きっと、自分を受け入れてくれたような気がして
嬉しかったのだろう。

この怪物のみにくさは、実に劇的(激的)だ。
天変地異をもたらしてしまうんだから。
もうここまできたら、この偉大な“みにくさ”を
誇っていいと思う。

それをやってしまったのが、
ウィリアム・スタイグの「みにくいシュレック」(セーラー出版)


「みにくい両親から生まれたシュレックは、
両親より、もっとみにくい子でした。」
花はたおれ、木がのけぞってよけるのは、
「ひとりぼっちのかいぶつ」と同じ。
でも、シュレックは、そうされると、うれしいのだ。
人やけものが自分を逃げるのをみて、いい気持ちになり、
そのスキに、おべんとうを頂戴したりする。

シュレック場面.JPG

こういうのを、前向きというのだろうな。
そしてシュレックは、自分よりさらに醜い王女と結婚し、
「まわりじゅうの生きものをおどかしながら、なかよくくらしたということです」

「ひとりぼっちのかいぶつといしのうさぎ」
すばらしい絵本だと思う。
読んでいると、心がじーんと熱くなってくる。
でも、私はやっぱり「みにくいシュレック」が好きだ。なぜなら「ひとりぼっちのかいぶつ」は、
醜い=いけないことという前提に立って
かかれている。
“こんなに醜いのに、実は心は美しいんですよ”という論法だと思う。
見た目とその人の価値は関係ない。
私達は頭ではそのことをよく承知しているつもりだ。
それでも社会はどうしても美しいものの味方だから、
こういうお話ができたのだろう。

もし、自分がここまで激的に醜かったら・・、
やっぱり、「ひとりぼっちのかいぶつ」のように
さみしく引きこもってしまうのだろうな。
シュレックは、引きこもらない。
果敢に外へ冒険に出かけて行くのだ。

シュレックよりさらに醜い王女を守っている騎士はこう言う。
「城のなかには気高いばけもの」
「心やさしい」とか「心美しい」とかではなく、
「気高いばけもの」というところがいい。
できれば私も「気高いばけもの」になりたい。

ちなみに、「シュレック」と「ひとりぼっちのばけもの」
どっちが醜い?と、子どもにたずねたところ、
「シュレックー」と答えました。
シュレックも大満足でしょう。





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2005年08月22日

片山健絵本原画展で買った「アマガエルとくらす」

昨日行った「片山健絵本原画展」の売店で
「アマガエルとくらす」たくさんのふしぎ傑作集
 (山内祥子 文 片山健 絵 福音館書店)を買った。
図書室に置く本は、学校から発注するから、これは自分用。
片山健さんの本でも見たことがないなあ、と思ったら、
なるほど、“たくさんのふしぎ”と言う雑誌の傑作選でした。
絵もいいけれど、このタイトルに魅かれてしまいました。

アマガエルとくらす.jpg

アマガエル好きなんですよ。小さくて緑色のやつが。
小学生の頃、庭にいるのを手にのせたり、
家に入ってきたのをつかまえてナデナデしたりしてました。
でも飼ったことはなかった。
アマガエルが飼えるなんて思わなかったから。

だから、この本読んですご〜く羨ましかった。
しかも無理やり外からとってきたのではなくて、
毎年同じカエルが洗面所の流しにやってきて、
3年目、秋になってもまだいるのを見て、
とうとう飼う決心をしたという、出会いがよかった。

カエルってなつくんですね。

そういえば、食べようと思って生きてるウナギを買ってきたけど、
かわいくなって飼う事にした老夫婦の話を聞いたことがあるなあ。

カエルの体がしめってくると雨が降ってくるとか、
カエルも脱皮するとか、
カエルも目の病気にかかるとか
発見もいっぱいでした。
それに長生きなんですよ。
この文を書いた山内さんのカエルは、
飼いはじめて14年目に死んだそうです。
スゴイね。
読んだ後ほっこり胸が暖かくなりました。
人間ってホントはいろんな生き物と
コミュニケートできるんだよね。
生き物同士。すてきです・・。
posted by Helenaヘレナ at 11:34| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月19日

図書館でみつけた本“すきですゴリラ”

司書のお仕事のひとつに図書館巡りがある。ずっと小学校の小さな図書室に閉じこもっていては情報は入ってこない。資料の数では圧倒的に多い公共図書館へ行って、自分の図書室にはない数々の本に接し、頭の引き出しに蓄えないといけない。
今年の夏休みは、パネルシアター作りなどに時間をとられて、図書館を訪れる暇がなかった。
今日、市内の図書館2件廻ってきたが、絵本を見るだけで一日かかってしまった。
絵本好きなのでついつい時間を忘れてしまう・・。

それでみつけた“ゴリラ”関係のステキな絵本三冊。
(コレばっかり、って言わないで!)

ちびゴリラのちびちび.JPG
「ちびゴリラのちびちび」(ルース・ボーンスタインさく ほるぷ出版)


これは、ブックガイドなんかで紹介されている有名な本なので、知っている方も多いかも。
ちびゴリラのちびちびくんは、ジャングルの人気者。みんなかわいがってくれます。でもそれは、ちっちゃくてかわいいから?大きくなったらどうなるの・・?
作者のルース・ボーンスタインさんは、ゴリラが大好き。この絵本は「誠実で変わることのないゴリラたちへの私の愛の証し」から生まれたものだ、ということ。

ゴリラが1匹.JPG「ゴリラが1ぴき」(アツコ・モロズミ作 岩波書店)

二冊目は、「なんだかおかしなかずのほん」と副題にあるように、動物が出てくるシンプルな数の絵本。
「ゴリラが1ぴき」
「ちょうちょが2ひきと、ゴリラが1ぴき」
「セキセイインコが3ばと、ゴリラが1ぴき」という感じで、展開されていく。
でも、どのページにもゴリラが1ぴき出てくるわけ。そして、最後がいいの。
「みんな わたしの だいすきなものです。あれ?わたしの ゴリラは どこ?」
このセリフもいいけど、次のページをめくると、

ゴリラが1匹2.JPG

「ああー、いた!」

この寝姿最高じゃない!?

三冊目は、私の大好きな本。

すきですゴリラ.jpg
「すきですゴリラ」(アントニー・ブラウン作・絵 あかね書房)

ハナという女の子はゴリラが大好き。本もテレビもいっぱい見たけど、まだ、本物のゴリラを見たことがない。おとうさんが毎日忙しくて動物園に連れて行ってくれないんだって。でもバースデーの前の晩、不思議なことが・・・。

おとうさんの帽子とコートを着たゴリラは、とってもダンディ!

すきですゴリラ2.JPG

こんな風にさらわれたいわ!




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2005年08月18日

ヘレナ先生の恋人“本命”

ヘレナ先生の恋人3人目。最後に登場するのはやっぱり“本命”です。

ゴリラ.JPG

さて、問題です。私の“最愛の彼”はこの中のどれでしょう?

ゴリラって素敵ですよね。力強くてそれでいて静かで、哲学的。すごく深い魅力があります。

これは「みんなのかお」さとうあきら写真 とだきょうこ文 福音館書店)という、ながめているだけで幸せな気分になれる写真集です。

みんなのかお.jpg

見開き2ページに、日本中の動物園で撮影されたゴリラの顔がズラリ。
同じゴリラでも顔や表情がそれぞれ違う。
他にラクダ、レッサーパンダ、ゾウ、アザラシ・・・全部で24種類の動物が載っています。    トラやシマウマの模様って、みんな同じだと思っていたけれど、実は一匹として同じものはないんです。個性なんですねえ。
ニッコリ笑っている顔やしかめっつら、見ていて飽きない。すごく楽しいです。
これ一冊で、二時間くらい持ちそう。
どれが好みか、とか、友達に似てる、とか様々な発見があって。

さて、先ほどの答え、私の恋人は、中央の彼。安佐動物公園にいる彼でした。
目がすごくきれいです。見てると、愛しくなってくる。
ゴリラ氏にはしばらく会ってないなあ。写真見てたら会いに行きたくなっちゃった。

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図書室の書棚から 2.テーマは“夏休み” 「はちうえはぼくにまかせて」「ウエズレーの国」

はちうえはぼくにまかせてpg.JPG ウエズレーの国.JPG

夏休みに入る直前、「あなたがすごしたい夢の夏休み」というテーマで、3・4年生に絵本の読み聞かせをしました。

一冊目は>「はちうえはぼくにまかせて」(ジーン・ジオン さく マーガレット・ブロイ・グレアム え ペンギン社)


お父さんの仕事が忙しいため、どこにも連れて行ってもらえない主人公の男の子「トミー」は、旅行に行くご近所の鉢植えを1日2セントで預かることにしました。
家の中は鉢植えだらけ、ダイニングで食べる朝ごはんは、森でのピクニックのようだし、リビングで見るテレビは、さながらジャングルの奥の映画館。トミーは「こんなおもしろかったこと、いままでに、いちどもなかった」(本文引用)と思うのですが、お父さんの機嫌はよくありません。おまけに鉢植えの植物はどんどんのびていき・・・。
植物のせいで家がバラバラになってしまうという夢を見たトミーは、図書館で植物の育て方を研究し、家中にあふれた鉢植えをせっせと世話します。ご近所にも喜ばれ、鉢植えが家からすっかりなくなる頃、お父さんの仕事もひと段落ついて、旅行へ行けることになりました。

この絵本、私のお気に入り。トミーの家がジャングル化していき、夢の中で、家が植物でぎっしり埋め尽くされるところは、見ていてウットリします。実はジャングルみたいな図書室が夢だったのです。熱帯ジャングルによくいるような色鮮やかな鳥が書棚に止まっていて、机の間を川が流れていて、私はさながら女ターザンで、絡まりあった蔦をかきわけて本をさがす・・。
まあ、それはともかく、この絵本のもうひとつ好きなところは、「トミー」くんが自分で好きなことをみつけて、自分の力で問題を解決していくところ。それも、とっても楽しそう。おまけにアルバイトにもなって一石二鳥です。

二冊目は「ウエズレーの国」(ポール・フライシュマン作 ケビン・ホークス絵 あすなろ書房)


学校でもなんとなく浮いていて、いじめられている少年ウエズレーが、夏休みの自由研究に「自分だけの文明」をつくりだす物語。「文明がさかえるにはいい作物が必要」ということで自分だけの作物を育て、そこから服や遊びや文字まで発明してしまう。

これはもう完全にファンタジーなんだけど、ひとつひとつのディテールが妙に具体的で説得力があり、まったくの夢物語には思えないところがポイントかな。
こんなことできたら本当にスゴイ!と思う。それにウエズレー君の、他に迎合しないところ、我が道を行く、という姿勢もいい。でも・・・、こんなオリジナリティーあふれる、能力のある子なら、もともと安心なんだよね。いじめられても浮いてても。そうじゃないから、心配な子はたくさんいる。

さて、この二冊を読んで、子ども達に、感想シートを書いてもらいました。

@「はちうえはぼくにまかせて」「ウエズレーの国」のどちらの夏休みを過ごしたいですか?
Aあなたが過ごしたい“ゆめの夏休み”を教えてください。

@は、「ウエズレー」でしたね。圧倒的に。無理ありません。絵もインパクトあるし。
Aは、もう感動するくらいすごい夢がでました・・・といいたいけれど、そうでもなかった。
自由に書く、というのは子どもにとって案外難しいんだなあ、と実感しました。

大体こんな感じです。
「昆虫の国にいきたい」「部屋を世界中の本でいっぱいにしたい」「透明人間になるクスリをつくりたい」「夜更かししておばけやしきをしたい」「一日お買物しほうだい」「秘密基地をつくりたい」「世界一周旅行」「一日空を飛んですごしたいなあ」

“夏休み”自体が、子どもにとって永遠に終わらない夢時間なのかもしれません。






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2005年08月02日

図書室の書棚から 1.「あたまにつまった石ころが」

あたまにつまった石ころが.JPG

 昨日、書いた「石のコレクション」にちなんだ本の紹介です。

 「あたまにつまった石ころが」
キャロル・オーティス・ハースト 文 ジェイムズ・スティーブンソン 絵 千葉茂樹 訳  光村教育図書

 「あいつは、ポケットにもあたまのなかにも石ころがつまっているのさ」と、周囲の人に言われるくらい石が好きで、ひまさえあれば石を集めていた男の人のお話。

 舞台は大恐慌前後のアメリカ、マサチューセッツ州。石が大好きで、でも「石ころじゃあ、金にならんぞ」と言われ、ガソリンスタンドをオープン。スタンドの中には石のコレクションを飾る棚があり、鉱山のコミ捨て場でみつけた石や友人と交換した石が並べられ、種類やとれた場所を書いた手書きのラベルが貼ってあった。車の部品がとぶように売れ、商売も軌道に乗ったと思われた矢先、大恐慌が起き、スタンドは廃業、そして失業。

 主人公は、他人から見ればお金にもならない石ころを集めているもの好きですが、結局はそのものずきを認められて、科学博物館の館長になります。
 作者は元学校図書館司書。このお話の主人公は作者の父親で、作者はあとがきに『父ほど幸福な人生を送った人を、わたしはほかに知りません』と書いています。
 自分の“好き”をつらぬくことの大切さをこの本は教えてくれています。
 小学校の図書室だよりでこの本を紹介した時、「わたしもみなさんに、この主人公のような幸せな大人になってほしいと思います」と書きました。子どもにその意味がどれだけ伝わったか、定かではありませんが・・・。

 
posted by Helenaヘレナ at 15:04| Comment(0) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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