2006年05月18日

今日も元気で「あたまにかきのき」

木曜日の朝読書は、1年生の教室に読み聞かせの出前に行く日。
今日読む本はコレ。

あたまにjpg.JPG 「あたまにかきのき」(フレーベル館)

この本は1年生の早い時期に、読み聞かせることにしている。
ワケのわからない話は、ワケのわからない人たちに読むに限る。
彼らなら、この世界を理解しうる。

思ったとおり、あんにゃの頭に柿の実が落ちて、
あら、不思議!頭から芽が出て、みるみる柿がどっさりなっても、
子ども達に特に驚いた様子はない。
無関心なわけではない。どの顔も真剣にお話を聞き入っている。
ただ、うんうん、よくあるよね。と、今後の成り行きを見守っているのだ。

その証拠に、ねたんだ町の柿売りたちが、あんにゃに酒を飲ませて
寝たスキに木を切り倒す場面では、思わず
「なんだ、このやろ、いじわるして」と憤りの声があがった。

しかし、何度読んでも不思議な話だ。
昔話というのは、不思議な話が多いが、
最後、野原になった自分の頭にぴょんと飛び乗って、
自分の頭を耕し、米を作る場面など、
シュールというほかない。

読み終わって、
「みんなは、頭に何の木を生やしたい?」と聞いた。
何の疑問もなく「ぶどう!」「なし!」と答える子ども達もシュールだ。

「オレ、がいいな!」と元気よく答えた男の子。

そうね、そしたら君の頭でお花見をさせてもらおうかな。

朝1番でこんなにイキのいい人たちにヘンな本を読ませてもらって、
私も自分の頭を耕した気分。

今日も、元気で「あたまにかきのき」だぜ!!

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2006年05月16日

どんなかんじかなあ?

3年生、詩のクイズの後の読み聞かせはコレにした。

どんなかんじかなあ.jpg 「どんなかんじかなあ」(自由国民社)

1,2年生の課題図書なのだが、
いい本なので、中学年である3年生にも読み聞かせることにした。

見えないってどんな感じか、主人公のひろくんが目をつぶって考えるところでは、
3年生にも一緒に目をつぶってもらった。
「なんか、こっち向くとちょっと明るい黒」「こっちは暗いよ」
「いろんな模様が見えてきた」
そう、じゃあ、音はどうかな?何か聞こえる?
「うん、6年生が家庭科室でギャーギャー騒いでる声が聞こえる」
そう、目をつぶってると、ずっと大きく聞こえるね。

次は耳の聞こえないともだちがどんな感じなのかひろくんと一緒に、耳をふさいでもらった。
普段見えてなかったものが、いろいろ見えてきたでしょ?
例えば、友達のえくぼとか、机の下にころがってる鉛筆とか。

次は、おとうさんとおかあさんが地震で死んじゃった友達はどんな感じかなあ?
「どんな感じだと思う?」と聞くと、
「さみしい」「くらい」という声が。

実はさっき2年生にも読み聞かせたのだが、その時、2年生は
「ごはんが食べられない」「おふろに入れない」という声ばかり。
お父さんとお母さんってそれだけの存在なの?
と思ったものだが、さすがは3年生!
と思ったら、ある男の子が手を挙げて、
「おかし食べ放題!遊び放題!最高」
これには、思わず笑ってしまった。

見えないこと、聞こえないこと、
それは欠落で“障害”なわけだけど、
何かが欠落していることで、もしかしたら、
より豊かな世界が広がることもあるのかもしれない。

そして、動けないこともまた。

「どんなかんじかなあ」と想像しているひろくんが
実は健常者ではなかった、その最後に私達は「えっ」と
思うわけだけど、子ども達には、この主人公の男の子が
動けない子だったということに気づくことが、ちょっと難しかったようだ。

想像すること=相手の身になること、なのだが、
子どもの頃はなかなか難しかったりするものだ。
自分のことで精一杯だから。
まあ、大人も自分のことで精一杯なのは同じだけど。
でも、子どもは本当にわからなかったりするんだけど、
大人の場合、わかってても見てみぬ振りを決め込むことが圧倒的に多い。

そんな大人にはならないでね。






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2006年05月15日

かにかに?−1年生に読み聞かせ

月曜日は、愛しの天使たち、1年生が本をかりに来る日である。
今日で、3回目の貸し出しだが、驚くほどスムーズに
借りられるようになった。

第1回目は、読書ノートに本の名前とかりる日返す日を
書くだけで、まさに“必死”だった。

今では、全員が借り終っても、本を一冊読み聞かせる時間が
十分に残っている。素晴らしい!!
今年の1年生は、舌の回転だけでなく、頭の回転も早いのかもしれない。
いや、同時に回るのかもしれない・・・。

今日の読み聞かせは
「ペンちゃんギンちゃんおおきいのをつりたいね!」

1年生に読み聞かせる機会は週に2回。
月曜のこの時間と、木曜日の朝読書。
朝読書は、静かにさせる効果も考えて、昔話を読んでいこうと決めた。
月曜日は、先週「おまえうまそうだな」を読んだので、
今日は同じ宮西達也さんのこれを選んだ。

表紙を見ただけで、「あっ、この前のウマソウのやつと同じ人の絵だ」
と言った子がいたのにはビックリした。

やっぱり、今年の1年生は、ただものではない!!

「おまえうまそうだな」と同様、この本もハズレない。
今まで、低学年に向けて3回読んだが、みんな大うけ。
特に、ペンちゃんとギンちゃんがケンカをするところは
共感を誘うのか、笑いが起きる。

読み終わって、ある男の子が、絵の中のでっかいハサミのカニに
触発されたのか、
「せんせい、ぼくね、カニ大好きだったんだけどね、
子どもの頃に食べすぎて、キライになったんだ」

ん?子どもの頃とは・・・?
赤ちゃんの頃か?

みんなで並んで出て行くときも、その子はまだカニのジェスチャーをしている。ふと見ると、隣の子も同じ。
不思議に思い、帰り際、担任の先生に、何の合図ですか?と聞くと、
「ああ、二列に並んで、ということです」
との返事。

あっ、そっか。すみません、つまらないこと聞いて、
と、思わずあやまってしまったのだった。

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2006年05月12日

だってだって・・・

むか〜し、むかし、おおむかし、
花の東京で、OLをしていた時のこと。
思わず口から出た一言に、上司は
頭を抱えてこう言いました。

「だって・・・かあ?」

敬愛するO課長の、困ったような苦笑い、今でも目に浮かびます。

そう、私の口癖は「だって・・」。
要は、言い訳が多いってことね、わかってます。

だから、この本のタイトルを見たとき、
思わず親近感から手に取ってしまった。

「だって だってのおばあさん」(さのようこ作・絵 フレーベル館)

だってだってのおばあさんjpg.JPG

この本を3年生に読み聞かせた。

「おばあさんは とても おばあさんで 98さいでした」(本文引用)

という一文を読んだところで、子ども達の口から
「ひえ〜」と驚きの声があがる。

無理もない。彼らはまだ8歳。
98歳なんて、とてつもない年の人が、
いることすら想像できないのかもしれない。

おばあさんは一緒に住んでいる5歳のネコに、
「つりにいこうよ」と誘われると、こういうのだ。

だって わたしは 98だもの、98の おばあさんが さかなつりを したら にあわないわ」
(本文引用)

でも、99歳の誕生日。
ネコが94本分のロウソクを落としてしまったので、
おばあさんは、5歳になってしまった。

「だって わたしは 5さいだもの・・・、あら そうね!5さいだから」

とおばあさんは、今までできなかったことが、次々できるように。

おばあさんが、川をとびこえるところでは、笑いが起こった。

しかし、どちらかというとこの本は、
大人の方が共感できるのかもしれない。
そう、私のような大人の方が・・・。

子ども達には、もう一冊の方が、より共感を誘ったようだ。

ちゃんとたべなさいjpg.JPG

「ちゃんと たべなさい」(小峰書店)

デイジーに大嫌いなお豆をなんとか、食べさせようと、
ママはあの手この手で口説こうとするけれど・・・。

最後に、メキャベツがキライなママに向かって、
「ほら、自分だって」と、子ども達もデイジーと口をそろえて
言っていた。

このディジーが主人公の本は、もう一冊あって、
2冊とも、子どもに大人気。

だめだめ、デイジー」は、
「だめだめ、デイジー、はなをほじくっちゃ」とママがいうと、
だって、ママだって(やってたでしょ)」デイジーが反撃する。
そうすると、ママも「だって、あれは・・・」と言い訳する。

最後には、ママが
「だってだって、っていうんじゃありません」。

みんなそれぞれ事情があるんだよね、と優しく許してくれる本。

なつかしのO課長、お元気ですか?
苦労したおかげで、私もずいぶん成長し、
「だって病」も少しは良くなりました。

と言いたいなあ、いつか。


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2006年05月10日

絵本の虫ーいくつわかるかな?

廊下の掲示を変えた。
さくらいろいろ」から「絵本の虫」へ。

桜も散り、そろそろ虫くんたちの活躍の季節(?)。

えほんのムシjpg.JPG

絵本のタイトルを当てるクイズ。

「いくつわかるかな?
ぜんぶわかったら、ヘレナ先生にいってね!
いいことがあるかも・・・」


と、絵本の虫くんが
しゃべっている。

まあ、全問正解者は、なかなか出ないでしょう、
とタカをくくっていたのだが・・・。

放課後、早速、図書室のお得意さま、3年生の女の子
二人が挑戦し始めた。
16さつ中、11さつはすぐにわかったらしい。
すごい!
後の五さつはを必死で探している。
「せんせい、このでかいおばさんが出てる本(「かあさんのいす」のこと)
どの辺にある?」
カワイイ声と顔に負けて、ちょびっと、ヒントを出した。
しかし、まさか、今日中に全部わかるとは、思わなかった。

こんな風に、すぐに興味を持ってくれると、
掲示した甲斐があるというもの。

さあ、みんな、いくつわかるかな?

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2006年05月08日

デビューを飾るのは・・・1年生に読み聞かせ

ゴールデンウィークが終わった。
娘は、昨日の午前中からずっと、
「行きたくない。学校、行きたくない」
むなしいセリフを、呪文のようにつぶやいていた。

「ママは大好きな仕事が待ってる
からいいじゃない。私なんかキョーフの鉄棒だよ。
いいなあ、大人は鉄棒やらずにすんで・・」
そう、大人はイヤなことはやらなくてもいいのよ。
くやしかったら、大人になって好きなことを仕事にするんだね。

ということで、連休明けの重い体と心をひきずって
大好きな仕事に出かけていった。

月曜日の唯一の救いは、1年生の読書の時間があることだろうか。

倦怠とも憂鬱とも無縁な1年生が、ランニング姿の男の子を
先頭にやってきた。
まぶしいくらいである。

今日が3回目の授業。
1回目は、図書室の使い方と本の借り方のオリエンテーション。
2回目は、本の返し方と、借り方の復習だった。
読書ノートに書きこむのが精一杯で、
まだ一度も読み聞かせをしていない。
今日はしたいなあ、と思って担任の先生にも話しておいた。

今年の1年生は15人。
入学式の記念写真、イザという時“変な顔”をして、
2回で済むところを、5回シャッターを押させた、
写真やさん泣かせのツワモノぞろいである。

読む本は、ズバリコレ!でしょう。

おまえうまそうだなjpg.JPG

「おまえ うまそうだな」(宮西達也 作 ポプラ社)

これを読んでハズれたことはない。
図書室は楽しいところ、ということを印象づけるためにも、1回目が肝心だ。

結果は大成功!!
アンキロサウルスがティラノサウルスをお父さんと間違えるところ、
アンキロサウルスが赤い実をとってきたところで、
大きな笑い声が起きた。

宮西達也さんは、本当に、つぼを押さえていらっしゃる。
感謝です!!!




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2006年05月02日

ゆるすということー3年生に読み聞かせ

あくたれラルフjpg.JPG

「あくたれねこの ラルフは、セイラのねこでした。
あくたれでも、セイラは、ラルフが すきでした。」(本文引用)

この文章で始まる「あくたれラルフ」(童話館出版)が
私は好きで、よく読み聞かせに使う。
特に「あくたれ」がたくさんいるクラスに。

今日の「あくたれ」は3年生。
「あくたれぶり」は学校でも有名だ。
しかし、さすがの3年生も、ラルフのあくたれぶりには
度肝を抜かれたらしく、読んでいる最中、一言もしゃべらなかった。

セイラのパーティをめちゃめちゃにする。
お父さんの大事にしているパイプでしゃぼんだまを吹く。
しょくどうに飛び込んできて、テーブルのケーキに頭から突っ込む。
おかあさんがかわいがっている鳥を追い回す。

ある日、家族でサーカスに行った時、
ラルフはそこでもあくたれて、とうとう
サーカスに置き去りにされてしまう。
さあ、それからラルフの受難が始まる。
セイラの家では大切にされても、
外に出ればただのあくたれ
みんな容赦しない。

この本を読んで感じたのは、
愛するということは、許すことなのだなということ。
何度となく悪さされても、セイラとその家族が結局は、
ラルフを許したように、子ども達にも私にも許してくれる人が
いるって、なんて幸福なことだろう。

読み終わって、
「このラルフみたいな人や動物が、みんなのウチにもいるかな?」
と尋ねたところ、「いる!」といっせいに答える。
まさか、それは僕、なんていわないよね。
「それは誰?」と聞くと、
二人の男の子が手をあげ、「妹!」。
なるほど。
「ウチのアスカがテーブルに乗ってね、ごはんをぐちゃぐちゃにした」
「ウチはね・・」
みんな口々に我が家のラルフのことをしゃべり出し、止まらない。

みんな、そうとう怒っているみたい。
でも、日々愛して、許してるんだね。




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2006年04月27日

名作を読もう!−「赤毛のアン」に挑戦

「都会のトム&ソーヤ」は読んだけど、
「トム・ソーヤの冒険」は読んだことがない(お恥ずかしい)
私は、今年度決意した。

古典名作と言われる本を毎月一冊ずつ
子ども達と読んでいこう!と。

それで、考えた企画が、「今月の 名作を読もう」

四月は「赤毛のアン」にした。
私は、この名作を、2月に読んだ(お恥ずかしい)。
大変面白かった。
読んでいる間は、古いとか、世界的な名作なんだ、といったことを全く忘れていた。

春休み中に早速、作戦を開始した。

アン掲ヲjpg.JPG

「登場人物の紹介」と「アン語録」を廊下に張り出した。

赤毛のアン.jpg アンのお料理ノートjpg.JPG

展示した本は、掛川恭子さん訳の「赤毛のアン」(講談社)。
このシリーズを選んだのは、憧れの山本容子さんの銅板画が挿絵としてのっているから。
また関連本として
「赤毛のアンのお料理ノート」(文化出版局編)
「赤毛のアンの贈り物」(講談社)「草原につづく赤い道」(金の星社)
もあわせて展示。

5年生と6年生のオリエンテーションの最後で、
「赤毛のアン」の紹介をした。

なぜ、名作といわれるこの本を読んで欲しいかー
@長い年月読み継がれてきた本というのは、面白いから。
(実際に面白い!)
A一般教養として。例えば、「秘密の花園」という歌があったが、
あれは作詞家が「秘密の花園」という物語を知っていたからだし、
「あしながおじさん基金」は「あしながおじさん」という物語が
由来になっているし、みんなの好きな「都会のトム&ソーヤ」の作者
はやみねかおるさんは、少年の頃「トム・ソーヤの冒険」が好きだったのだろう。
こんな風に、名作といわれる物語は図書館の中だけでなく、
社会のあらゆるところに影響を及ぼしている。

「赤毛のアン」の面白さは、なんといっても、主人公アンの魅力にある。

@つまらない現実でも、想像の力でたちまち素晴らしい世界に変える
 不思議な才能。

A名前をつけるのがうまい。
 ただの「並木道」は「よろこびの白い道」に「サクラ」は「雪の女王」に
 「親友」は「さだめの友」「あいよぶ魂」に生まれ変わるのだ。
B失敗してもくじけない。
 アンのしでかした失敗はダイナミック。そのたびにアンは大げさなくらい
 泣いたり反省したりするのだが、やがて持ち前の明るさで、失敗する前
 よりさらに元気になるのだ。

ここまで説明して、私は、アンを初めて見たレイチェル・リンドが
アンの容貌をけなし、怒りくるったアンが、レイチェルにくってかかる
場面を読んで聞かせた。
そして、その後アンがいかに楽しみながらレイチェルにあやまったかを話して聞かせた。

子ども達の中から笑いがおきた。

この後、3冊用意した「赤毛のアン」(2冊は掛川恭子訳、1冊は村岡花子訳)は、6年生の女の子二人と5年生の女の子が借りていった。

「先生、もうだいぶ読んだよ」「おもしろいね」と報告してくれる。

5年生のオリエンの後、借りる人が誰もいなかったので、
敗北感を味わったが、今はほっと胸をなでおろしている。

古典名作を読むことは、子ども達にとって
「読書」というより「チャレンジ」だと思う。
もってまわったような文章に、古めかしい絵。

そして、私にとっても、子ども達をその気にさせ、
読ませることができるかどうかの「チャレンジ」なのだ。









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2006年04月25日

あのとき すきになったよ

「あのとき すきになったよ」と、言うと、決まって子ども達の中から「ひゅー」とか「エロイ」とかいう声が聞こえてくる。

今回もこの本の題名(薫くみこ 作 飯野和好 絵)を読むなり、
3年生の数名の男の子が、ニヤニヤニヤ・・・。
別にちゃかそうと思ってるわけじゃなくて、自然にそうなるんですね。
わかります。

読み始めても、おしっこもらしてばかりいる「しっこさん」、
実は「きくちまりか」という本名の女の子の名前と顔が
おかしいのか、クスクス笑いが止まらない。

「しっこのしっこたれ うんこたれ
ぶたぶたのぶう おにばばのはなくそ」(本文引用)
なんてスゴイページもあって、笑いはますます大きくなり、
ふと、もしや選書を誤ったかしら、なんて思う。

でも、主人公のわたしとしっこさんが、仲良くなるきっかけの場面になると、突然水を打ったように静まり返り、子ども達の顔は真剣そのもの。
これが優れた絵本の威力というものでしょうか。

なんとなく目障りだったクラスメートが、
ふとしたことがきっかけで「大の仲良し」になる。
「みんなもこんなことあったかな?」
本を読み終わった後、尋ねると、何人かの子が手をあげた。

きっかけは何でもいいんだろう。
例えば、あまり感心しないけど、
他の友達の悪口を言い合ってる内に仲良くなった、とか
偶然学校以外の場所で会って、それが二人だけの秘密みたいになって、とか
この本みたいに金魚のおはかを一緒に作ったりとか。
ただ必要なのは共感しあうこと。
お互いの心がその瞬間ひとつに重なり合えば、距離はぐっと近づく。


そんな時、「あれ、この人こんなににやさしいんだ」
「こんなに笑顔がかわいかったっけ?」
「目がキラキラしてきれい」
なんて、普段気がつかなかった相手の違う面を発見したりする。

そんな気持ちは当然相手にも伝わっていて、
なんだかうれしくて、胸がドキドキする。

このタイトルを聞いて子ども達は「ひゅー」と言うけれど、
小学生の頃の友人関係は、大人の恋愛に近い感覚があると思う。
この本の中で、しっこさんと仲良くなるきっかけをつかみかけた
主人公のわたしは、

「うちに かえっても、しっこさんの こえが きこえた。
おふろに はいっても、しっこさんの こえが きこえた。」(本文引用)
そして、次の日熱を出してしまう。

恋すると、相手の顔がずっと頭から消えなかったりするものだ。


いつもムッツリしてイヤなやつ。
でも本当は優しくて、いざという時には身体をはって(?)
かばってくれる「しっこさん」のような友達や恋人が、
私にもいたなあ・・なんて思い出したら、なんとなくおかしくて、
その後切なくなってしまった。

あのときすきになったよ.jpg






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2006年04月07日

おはつ

同居人のフレディさんが「学校はいいな」と言った。
なんで?と聞くと、
「だって、毎年メンツが変わるだろ?新鮮でいいよ」とのこと。

なるほど。確かに学校は毎年四月にならうとメンツが変わる。
先生方の移動があるから、職員室は去年と全く同じではないし、
子ども達も、6年生が卒業して、1年生が入ってくるので、
やはり、全く同じではない。

今年で5年目だが、学校の雰囲気は毎年違う。
なんというか、カラーが変わるのだ。
昨年度からいる子ども達にしても、学年があがると成長するのか、
ちょっと違って見えたりして面白い。

同じ職場なのに、毎年違う職場のようで
確かに新鮮で飽きない。

そんな気分が本になったのがコレ。

おはつ2.jpg

これもnora-takaさんのブログで教えてもらった。
詩人の工藤直子さん著。各ページ写真とポエムで構成されているが、
言葉が写真をひきたて、写真が言葉に応えている。
毎日同じみたいだけど、実は世界は毎日新しく生まれているんだよ。

おはつ1.jpg

写真集が好きで、以前「写真集を読む」という企画をしたことがあった。
ページを開いたとたん、文字を追わなくても、
世界の真実が目に飛び込んでくる。

これから毎月「今月の写真集」として展示していこうと思った。
その一冊目が「おはつ」。




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2006年04月06日

ピカピカの・・・。

今日は新任式・入学式・始業式の三つのセレモニーが行われた。
毎年思うのだけれど、一年生ってピカピカしている。
まさに「ピカピカの1年生」。
記念品をもらう時など、手と足が一緒に出たりして、
機械じかけのお人形のように、かわいい!!

もちろん久しぶりに会う2年生〜6年生もかわいい。
一緒の時間を過ごしてきた子ども達というのは、特別なのだ。

担任発表があり、みんな嬉しそうだった。
高校生くらいになると、拍手やブーインングがすごい
と聞くが、ブーイングされるとイヤだろうな。

「いい先生ってどんな先生」で展示した本の中に
「ピーボディ先生のりんご」という本がある。
あのマドンナが書いた本である。

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2006年04月05日

悪い先生ってどんな先生?

「いい先生ってどんな先生」で、展示した本は以下の通り。

「ありがとうフォルカーせんせい」(岩崎書店)
「てん」(あすなろ書房)
「ピーボディ先生のりんご」(集英社)
「菜の子先生がやってきた!」(福音館書店)
「いつもちこくのおとこのこージョン・パトリック・ノーマンマクヘネシー」(あかね書房)
「マチルダはちいさな大天才」(評論社)
「そらとぶこくばん」(福音館書店)
「ふしぎの時間割」(偕成社)

「そらとぶこくばん」と「ふしぎの時間割」は、先生というより、
学校が出てくる本として選んだ。

実はこのタイトルで以前にも記事をアップしたことがある。
図書室の書棚から“いい先生ってどんな先生”
この時私は、「ありがとうフォルカーせんせい」と「てん」をとりあげて、いい先生とは、子どもの気持ちを理解し、的確な対応をするための高い専門的技術を持った先生だと書いた。
「フォルカーせんせい」も「てん」の先生も、その専門的な知識と技術で
子どもをコンプレックス地獄から救ったのだ。

現実には、こうした素晴らしい先生はなかなかいない。
「〇〇先生はいいよ」とか「あの先生はダメよ」という話を
よく聞くが、その裏づけは実にあいまいで、ダメだ、と言われる先生も
言う人が変われば「いい先生」に簡単に転化してしまう。

本の中の先生ならともかく、現実の「いい先生」の定義は難しい。
しかし「悪い先生」の定義はもう少しシンプルな気がする。
そこで「悪い先生」が登場する本を二冊。

「いつもちこくのおとこのこージョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシー」(ジョン・バーニンガムさく あかね書房)

いつもちこくの.jpg

この本、実は私の大のお気に入り。たぶん、五本指に入ると思う。
なんといっても絵が素晴らしい。
草原や太陽、水や木々が、鮮やかでそれでいて透明感ある
色彩で描かれている。ジョンが歩く道には建物らしいものが一切なく、
不思議な静けさに満ちている。
それに、この長ったらしい名前。
以前読み聞かせをした時、名前の長さだけで、十二分に子どもの興味をひきつけることができた。
そして、見るからに意地悪そうな先生。
ジョンの言葉に全く耳を傾けず、厳罰をもって権力を行使する。

確かに子どもは時々、突拍子もないことを言う。
ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシーのように、
いるはずのないライオンを出現させ、起こるはずのないたかしおに
さらわれてみたりする。
大人は忙しいから「なに、バカ言ってるの」と邪険に追い払ってしまいがちだ。でも、そういった子どもの発言は、大人のつく“ウソ”とは別物なのだ、と私は思う。ある意味で、子どものそれは、大体がれっきとした真実なのだ。
この意地悪な先生は、ジョンの言葉を信じなかったせいで、最後にバツを
受ける。
それは、子どもの言葉に耳を傾けなかった罪であり、
自分は世界をくまなく知っている、と思い込んだ傲慢の罪でもある。
自分が知っている事実と、世界の真実は必ずしもイコールではないのだ、
ということを、私達大人はついつい見落としてしまう。
もしかしたら、子どもの方がはるかに世界の真実を知っているかもしれないのに。
毎日教壇に立ち、何人もの子どもをたった一人で、
指導している先生は、この過ちを犯しやすい存在だと思う。
気をつけて。先生も子ども達も、そして私も・・・。

もう一冊は「マチルダはちいさな大天才」(ロアルド・ダール作 評論社)

マチルダ.jpg

ここに出てくるのは、モンスター校長ミス・トランチブル。
文句のつけようがないほど悪い先生である。
ここまでのワルは今の時代、学校には存在できないだろう。
もちろん、物語を面白くさせるために徹底的な暴君として
描かれているのだが、もしかしたら、一昔前なら、
これに近い先生はいたかもしれない。
私の子ども時代を振り返ってみても、暴力を振るう先生はたくさんいた。
小学校では、何か悪いことをすると、とにかく叩かれた。
その勢いで子どもが吹っ飛んだ、なんてこともざらだった。
中学の時は、柔道の有段者の体育教師が生徒を投げ飛ばして遊んでいた。
でも、それをとがめられてクビになった先生はいなかったし、
親が学校に文句を言いにきた、ということもなかった。

今とはエライ違いだ。
今の学校では子どもの人権がきちんと守られている。
先生もあの頃と比べるとはるかにいい、と思う。
抵抗できない、自分より弱小な者に対する暴力はいかなる場合でも、
卑怯だ。

でも、「親の顔を見てみたい」という子どもだっているし、
「あの親にしてこの子あり」という親だって実際いる。
世間の目が厳しいのをいいことに、我がもの顔で振舞う
子どももいないわけではないだろう。

もしかしたら、ミス・トランチブルのように、
子どもをハンマー投げにしたり、ザ・チョーキーのような
拷問戸棚の中に閉じ込めてしまいたい、とひそかに思っている
先生がいるかもしれない。

誰だって、頭の中では罪を犯している。
ミス・トランチブルを見てスカッとする先生がいても、
いいんじゃないかな・・?




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2006年04月04日

いい先生ってどんな先生?

一学年一学級でクラス替えがない場合、
新学期のお楽しみは、担任がどの先生になるか、
の一点に絞られる。

我が娘の、二年生までの担任の先生は、
転任で違う学校へ行ってしまった。
娘はいまだに写真を見て懐かしがるほど、
慕っているが、新しい担任の先生の話になると、
一転「新しく来る先生がいい」。
やはりおニューがいいのか。

母の方も、次なる担任の先生には大いに興味があった。
というか、やはり一年間お世話になる先生なのだから、
こちらも真剣に興味を持ってしまう。
おまけに今年度はPTAの学年委員長。
できれば知っている先生がいいけど。
新しい先生だったら、どうか優しい先生に当たりますように・・・。

娘より早く、昨日の職員会議で担任発表があり、
ほっと、安堵のためいき。
この先生なら一年間楽しくやっていけそう。

しかし、まあ、どの先生がいいか、なんて
言われる先生の方はたまらないだろうな。
大体、「いい先生」という定義自体難しい。
人によっても違うし・・・。
ということで、
「いい先生ってどんな先生?
ーあなたの先生はどんなタイプ?−
「学校」・「先生」がでてくる本」特集で展示しました。

まあ、でもいい先生もイヤな先生も、担任ならでは。
図書室の先生なんか便利に使われるだけなのよ・・・。
とちょっとひがんでみたりして。

先生.jpg
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2006年04月03日

さくらいろいろ

ニュースを見ていたら、群馬県の学校の桜が満開だった。
「えーっ、もう咲いてるの?」という感じである。
そのニュースを見た日、こちらは吹雪だった。
桜に代わって、大粒の雪花が舞っていた。
桜舞う中入学式というイメージがあるが、
我が校の校庭の桜が咲くのは毎年4月中旬〜下旬頃。
しかし、やはり、新学期は桜で迎えたい。

さくらいろいろ.jpg

この廊下掲示を作ったのは、実は3年前。
もう古いし、今年は、変えようかとも思ったが、
1年の内、この時期しか「桜」は掲示できないので、
やっぱりコレにした。(手抜きかな・・・?)

学研のフィールドベスト図鑑「日本の桜」を基に作った。

「校庭のさくらはどれかな?葉と花からさがしてみよう」
全国的にはソメイヨシノが多いのだろうが、
我が学校の桜は、ヤマザクラ、タカネザクラなども混じっている。
どちらも高地に多い種類である。

「こんなのもあるよ。ちょっとかわったおもしろざくら」
桜の種類がこんなにたくさんあるとは思わなかった。
花の色が黄緑色の「ウコン(鬱金)」や、
枝も花も上向きの「アマノガワ(天の川)」など、
見てみたい桜がたくさん載っている。

外は北風が吹きすさび、桜の木もまだ蕾すら見えないが、
中は桜の花が満開。やっぱり、桜の掲示にしてよかった!!
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2006年03月24日

あなたがもし奴隷だったら・・・

昨年度、今年度“命いのちの本”を買って、
揃えた“奴隷問題”関連の本。

あなたがもし.jpg

「あなたがもし奴隷だったら・・・」(あすなろ書房)
を図書室だより「飛行船」で紹介した時の文章からー。

「奴隷」という言葉を知っていますか?
昔アフリカから、大勢の人間が船でアメリカに運ばれました。
くさりにつながれた彼らは“もの”のように棚に並べられ、
立つこともできずトイレに行くこともできず、
死んだ者は海に捨てられました。
アメリカでは市場で“もの”として売られました。
彼らはすべてをうばわれたのです。
財産も名前も国も親も子も。
自由をなくす、ということはそういうことでした。
他人の痛みや怒りが想像できたとき、心に『理解』が生まれる。(本文引用)
自由。それは責任をともなうひとつの約束ごとだ。(本文引用)
想像することの大切さ、そして“自由の重さ”が胸に響く本です。

この本を読む前も、「奴隷」という言葉やその現実を
なんとなくわかったつもりではいた。
しかし、例えば、どうやって彼らはアフリカから運ばれてきたのか、
(もともとアメリカにいたわけではないのだ)といった、
具体的で詳細な事実をこの本で知るにつけ、
「奴隷」がひどくむごい略奪・暴力行為であることに
改めて気づかされた。
自分と同じ生身の人間を、暴力で脅し“もの”として売り買いすることが
できる人間という存在。
その残酷さが自分の内にも潜んでいるのだと思うと、空恐ろしくなる。

この本を展示している時、大勢の子どもが自ら
そのページをめくった。
表紙の鎖につながれた人間の絵に、好奇心をそそられたのだろう。
「奴隷」の知識のない子どもにしてみれば、異様な光景である。
「この人なんで、こんな風にされてるの?」
そう聞かれたので「奴隷」って知ってる?と尋ねると、
「知らない」と答えが返ってくる。
こんな風に無理やりつれてこられたんだよ。
とページをめくって説明する。
子ども達は“もの”になって売り買いされる人間の存在が
なかなかのみ込めないようだった。
非常に優れた本だけれど、学校でどうやって活用すればいいのだろう?
遠い国の遠い過去のお話として片付けるには、
あまりに重い事実なのだけれど・・・。

この本に、逃亡する「奴隷」達とそれを手助けした人達の話が出てくるが、
それが、物語になったのが「秘密の道をぬけて」(あすなろ書房)
nora-takaさんのブログを見て、読んでみたいと思った。
最初小学生には難しいかな、と思ったけど、
読んでみるとページ数もさほど多くないし、
何より物語として面白い。
印象的だったのは、奴隷制を守ろうとした白人達は、
奴隷が読み書きを覚えることを厳しく禁じていた。
読むことは“自由”への扉だったのだ。

「彼の手は語りつぐ」(あすなろ書房)は、
「ありがとうフォルカーせんせい」の著者パトリシア・ポラッコの本。
字が読めない白人少年と、字が読める黒人少年の交流を
南北戦争を舞台に描いている。
こんな風に、人種や肌の色を超えて、魂を通わせることもできるのに。







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2006年03月23日

“いのち”の本

昨年度、ボランティア活動予算の中から、
資料代として一万円いただいた。
一万円といっても、大変ありがたい。
7,8冊は買える。

選書は任せると言われたので、
“いのち”の尊さが描かれている本を選んだ。

「チャーリー・ブラウンなぜなんだい?」岩崎書店
「さっちゃんのまほうのて」偕成社
「あなたがもし奴隷だったら・・・」あすなろ書房
「ありがとうシンシア」講談社
「トットちゃんとアフガニスタンの子どもたち」岩崎書店
「とにかくさけんでにげるんだ」岩崎書店
「ありがとうフォルカーせんせい」岩崎書店

我ながら、いい本を選んだと思ったのだが、
難しいのは、どう活用するかである。
いい本だが、黙っていても子ども達が手にとって読んでくれる本ではない。

そこで「命いのちの本」として、展示するとともに、
飛行船に載せた。
朝の職員会議で、活用してもらえるよう先生方にも呼びかけた。

いのちの本.jpg

そして今年度ボランティア活動予算の中からいただいた一万円で買ったのが、コレ。

いのちの本2弾.jpg

“命いのちの本第二弾”である。
今年度は、前場一也さんが来校してくださったので、
パラリンピック関連の本を少し買った。
中でも、全盲の中学校教師河合純一さんの本は、
学校に勤める者として興味深い。

子どもの安全を守る本も2冊。

「オチツケオチツケこうたオチツケーこうたはADHD」は、
ADHD(注意欠陥他動性障害)のこどもを描いた絵本。
昨年買った「ありがとうフォルカーせんせい」は、
LD(学習障害)の子どもだった。
ADHDやLDといった言葉がまだなかった頃、
こういった子ども達は、「扱いにくい子」「他の子と違う子」
「出来の悪い子」とひとくくりにされ、おざなりにされてきたに違いない。
そう思うと、言葉とほんの少しの知識だけでも、社会に浸透していくことが
意義のあることだと思える。
本文の
「さんすうのにがてな車  おんがくのにがてな車  みんないろんな車に
のってる ぼくがのってる ADHDごうは ブレーキがにがてな車」
を読んだ時、ああ、そうなんだ、と思った。
程度の差こそあれ、みんなそれぞれに得意なこともあれば、
苦手なこともある、クセのある車に乗っている。
そして、その車から降りることはできないのだ。
でも、
「ぼくがじょうずにのれば この車はけっこうすごいらしい」(本文引用)

「ありがとうフォルカーせんせい」で、
自分が他の人と違っていることに恐れるトリシャに、
こう答えてくれたおばあちゃんの言葉。
「みんなとちがうってことは いちばん すてきなことじゃないか」

この言葉を大勢の人が言ってくれるような、懐の深い社会になれば、
私達みんなもっと生きやすくなるに違いない。





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2006年03月22日

「合格」より「幸福」を目指して!

「合格」という言葉が嫌いだ。
「合格」という言葉で思い浮かぶのは、
工場で大量に生産された部品や製品。
そこに貼ってある「合格」の文字。
「合格」には“規格に適った品”というイメージがある。

そういった意味からいえば、「合格」という言葉が最も似合わない
人たちが、今日卒業していった。

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2006年03月09日

2年生最終回は「ふき」でした。

来週から卒業式の練習が始まるので、
殆どの学年が、読書の時間は今週で最終回である。

2年生も今日が最後。
斎藤隆介特集は「猫山」「ソメコとオニ」「花さき山」と読んできた。

さいとうりゅうすけ.jpg

最終回は「ふき」 ふき.jpg

とうちゃんを殺した青鬼に仇をうつため、自らなだれになって命を落とした「ふき」。
今の子どもにとって、この話がどれだけ説得力を持っているか・・?
読み終わった後、担任の先生が感想を聞くと、
「なんともいえない」と一言。
感じたことを言葉にするのは難しいしね・・。
読んでいる途中で、出た感想は、
ふきが寝ている青鬼をみつけ、「とうちゃんのかたき、青おにおきろ」と言う場面。
「起こさないで、寝ているところを刺せばいいのに」
う〜ん、もっともです!ね。

この話、子ども達も言っていたがとにかく長い!
30分はかかっただろうか。そして読みにくい。
なぜ、読みにくいかというと、1文が長いのだ。

例えば・・
「秋田の北のはずれの だいば山にすんでいる大男の、
だいば山の大太郎が とっても 春をまちかねているくせに、
春がきらいなのは こういうわけだ」
                ・・・という具合。

これはまだ短い方。
文章によっては、どこで息継ぎをすれば、わかりやすいか、よく考えて読まなければ、
聞いているほうは何を言っているかわからなくなってしまう場合もある。
語りを意識した文章なのだろうが、技術を要する本だ。

さて、子ども達は、今まで読んでもらった中で、
「猫山」が一番のお気に入りのよう。
読み聞かせが終わって、教室に戻る時も、カウンターに展示した「猫山」の本の
ページを繰っていた。


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2006年03月08日

WANTED!!「はだしのゲン」さがしています!

「はだしのゲン」(中沢啓治 作 汐文社)の4巻が紛失してしまった。
2月に新しく買い換えたものだが、2週間経たない内に書棚から消えた。

「はだしのゲン」は、男の子を中心に全校的に人気がある。
古いものはもうボロボロだったので、5年生に学級文庫として渡した。
中身は同じだが、本が新しいというだけで、手にとって読む子が増えた。
しかし、貸し出しはあまりなかった。

しばらく待ったが、出てこないので、職員会議で先生方に呼びかけた。
すると、それを聞いた2年生の子達が、図書室に探しに来てくれた。
書棚をくまなく探してくれて、ベランダまで探してくれた。
「木の上にないかなあ」「床の下かも」
「4巻が面白いって聞いた不審者が、夜取っていったんじゃない?」
みつからないので、今度はポスターを書いて、校内に貼り出してくれた。

げん2.jpg げん5jpg.JPG げん4.jpg げん3jpg.JPG

どれも「かいせー!(かえせ)」と書いてある。
オニのようにツノを出して怒っているヘレナ先生の絵が描いてあるものも。
「みつけたら、しおりをプレゼント」と気の利いた文章もある。

それを見ていた6年生も参加してくれた。

げん1.jpg

彼らの活躍で、あっというまに校内に知れ渡った。
図書室を訪れた子達がみんな「先生、はだしのゲンみつかった?」と聞いてくれる。

これだけ有名になると「ゲンの4巻」君も、スグには帰りにくいかもしれないな。

最後に図書委員さんが、カウンターのところに貼ってくれた。

げん6jpg.JPG

「Who is this?」???
・・・中学に行ったら、英語がんばるんだよ。








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2006年03月07日

6年生を送る会

今日は、「六年生を送る会」。
今までの感謝を込めて、在校生が10分程度の出し物をする。
毎年合奏等が多いのだが、今回は本を劇にしたものが多かった。

@1年生「大きなかぶ」の劇。
1年生は総勢7名。おじいさんやおばあさんに扮したりせずに、
そのままの名前で出演。チビッコ7名ではとても大きなかぶは抜けない。
どうするのかな?と思っていたら、6年生を呼んできて手伝ってもらうことにした。
7名+26名で、「ようやくかぶはぬけました」
1年生のかわいらしさに加え、アイデアが素晴らしいと思った。

A2年生「あらしのよるに」シリーズから「どしゃぶりのひに」の劇。
2年生には「あらしのよるに」のシリーズを担任の先生と読み聞かせていたので、
その影響が大きかったのか、子ども達の強い希望で決まった。
しかし、2年生は25名もいる。また10分でいかにわかりやすくまとめるかも
問題だ。結局、登場人物が一番多い「どしゃぶりのひに」を採用。
なんとメイは我が娘。
観ているほうもドキドキしたが、なんとかセリフも忘れず言えてホッとした。

B3年生「モチモチの木」のペープサード。
大道具が一番凝っていた。
モチモチの木に灯りがともるところでは、実際にクリスマス用のイルミネーションが
チカチカ。これを観て、来年はペープサードもいいかも・・と思った。

C4年生谷川俊太郎「生きる」の詩群読。
劇が続くと詩の朗読も新鮮でいい。子どもの声は張りがあり「生きる」という詩にぴったり。その後、得意のダンスショーを見せてくれた。

D5年生「西遊記」
図書委員の女の子が孫悟空をやると聞いて「ピッタリ!」と思ったものの、
「西遊記」をどんな風にやるのか興味があった。
卒業式の日、悪者が現われてそれを、通りがかった孫悟空達が助けるというもので、
面白くまとまっていたと思う。
今回の「6年生を送る会」の進行も5年生がやっており、
今後も期待できそうな時期6年生だった。

E職員「ルピナスさん」群読
読み聞かせの本の選書を頼まれ私はこれを推した。
何冊か候補があがっていたが、結局「ルピナスさん」に決定。
この本は、私が子ども達に伝えたいメッセージの半分を満たしている。
絵は拡大投影機を使用。
子ども達は静かに聞き入ってくれた。
担任の先生の「宿題」をテーマにした、
読み聞かせに際してのメッセージもよかった。

F6年生「6年間の思い出」劇
6年生が在校生の感謝の気持ちを受けて、お返しの出し物を行う。
毎年「6年間の思い出」にまつわるエピソード満載の劇をするのだが、
今年の6年生はなんといってもテンションが低い。
バラエティ豊かな個性が集まっているのだが、それゆえ、まとまりに欠けるのだ。
担任の先生も昨日の段階で「つまらないぞ。もっと考えて」と指導したらしい。
だから、非常に期待していた。
観て「なるほど」と大きくうなづいた。
観に来ていた6年生の保護者がこう言った。
「この人たちらしいよね、まとまりが全然なくてさ」
みんなてんでに違う方向を見ている26名。
でもそれが、彼らのいいところなのだ。
今の時代同じ方向を向いているのは、コワイ。




posted by Helenaヘレナ at 12:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 図書室 本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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